DTMコラム 曲作り

変なメロディーは直さなくていい|その違和感が曲の個性になる

久しぶりにGO!GO!7188を聴きました。

GO!GO!7188がデビューした当時に「ジェットにんぢん」を初めて聴いて、「ジェットにんぢんってなんやねん」と思いました。変な曲だな、変なメロディーだなと思ったのに、なぜか癖になって、何度も聴きたくなる。

今では、この「なぜか癖になる」という感覚こそ、音楽にとってとても大切なのではないかと思っています。

愛されるアーティストには、その人からしか摂取できない栄養がある

私は、長く愛されるアーティストには、その人からしか摂取できない栄養のようなものがあると思います。

歌がうまい。演奏がうまい。音がきれい。もちろん、それらも音楽の魅力です。

ただ、それだけでは説明できない「この人を聴きたい」という感覚があります。

似たジャンルの曲はほかにもある。もっと整った歌や演奏もある。それでも、そのアーティストでなければ得られない何かがあるから、また戻ってきてしまう。

それが、その人にしか出せない声だったり、独特な言葉だったり、普通なら選ばないようなメロディーだったりするのだと思います。

最初に「変だ」と思うことは、悪い反応ではない

曲を初めて聴いたときに「変だな」と思うと、悪い印象のように聞こえます。

でも、すでに知っている曲と同じなら、そもそも変だとは感じません。簡単に分類できないものへ触れたから、違和感が生まれたとも考えられます。

そして、その違和感が頭に残る。

すぐには理解できなかったから、もう一度聴いてみる。何度か聴くうちに、最初は変だと思っていた部分を待つようになる。気づけば、そこが一番好きになっている。

「変だけど嫌い」なら、それまでです。

しかし、「変だけど、なぜかもう一度聴きたい」なら、その変さは欠点ではなく、個性の入口です。

普通の美声だけでは、同じ魅力にならない

一般的に歌がうまく、美しい声のシンガーが同じ曲を歌っても、GO!GO!7188が持っている魅力と同じものにはならないと思います。

もちろん、別の人が歌えば、その人なりの魅力は生まれます。

ただ、あの声、歌い回し、メロディー、言葉、演奏が全部合わさって、GO!GO!7188でしか味わえないものになっている。それぞれを切り離して、一般的にきれいな形へ置き換えても、同じ栄養は摂取できません。

大切なのは、「一般的に美しい声か」ではなく、「この曲を、この人が歌う意味があるか」なのだと思います。

自分の声やメロディーを、すぐに普通へ直さなくていい

自分で歌った声を聴いて、「なんか変な声だな」と思うことがあります。

作ったメロディーを聴いて、「普通の曲と違う気がする」と不安になることもあるでしょう。

そんなとき、すぐに一般的な形へ直さなくてもいいと思います。

自分には変に聞こえる声が、誰かにとっては「この声じゃないと物足りない」と思える声になる。普通とは違うメロディーを、「ここが癖になる」と待ってくれるリスナーがいます。

変であれば何でも残せばいい、という話ではありません。

自分で聴いても好きではないのか。それとも、変だとは思うけれど、なぜか気になるのか。この二つは分けて考えた方がいいでしょう。

「変だけど、そこがいい」と思えるなら、その部分は簡単に消さない方がいい。ほかの人が同じように作ろうとしても作れない、あなたの曲を選ぶ理由になります。

洗練された感じは、後から手に入る

技術、音質、演奏、アレンジは、経験を重ねながら磨いていけます。

今は粗く聞こえる曲も、作り続けていれば少しずつ整っていく。洗練された感じは、後からいくらでも目指せます。

けれど、最初に自分から自然に出てきた変さは、一度削ってしまうと取り戻せないことがあります。

洗練することは、すべてを普通にすることではありません。

その曲にしかない変さを残しながら、それが最も魅力的に聞こえるように、ほかの部分を整える。私は、その方が音楽として面白いと思います。

「だが、そこがいい」を残しておく

自分の曲を聴いて、変な声だと思った。

変なメロディーだと思った。

普通なら、こんな展開にはしないかもしれないと思った。

だが、そこがいい。

そう思える部分があるなら、まずはそのまま一曲を完成させればいい。

あとから技術は足せます。音も整えられます。しかし、自分からしか出てこなかったものを、個性になる前に消してしまうのはもったいない。

その変さが癖になる人はいます。

そして、その人にとって、あなたの曲は、あなたからしか摂取できない栄養になります。

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